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東京地方裁判所 昭和63年(モ)17794号 判決 1989年9月27日

申立人 株式会社ヒラ商

右代表者代表取締役 平茂美

右訴訟代理人弁護士 齋藤鳩彦

被申立人 「光GENJI」こと 内海光司

<ほか一四名>

右一五名訴訟代理人弁護士 山﨑司平

同 渡邊肇

同 久保利英明

同 龍村全

同 山岸良太

主文

一  申立人の申立てをいずれも却下する。

二  訴訟費用は申立人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申立人

1  申立人と被申立人らとの間の東京地方裁判所昭和六三年(ヨ)第五八九一号物品販売禁止等仮処分申請事件について、同裁判所が同年一〇月二七日にした仮処分決定は、申立人において裁判所の定める保証を立てることを条件に、これを取り消す。

2  訴訟費用は被申立人らの負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  被申立人ら

主文と同旨

第二当事者の主張

一  申立人

1  仮処分決定の存在

被申立人らは、申立人を債務者とし、財産権としての氏名・肖像についての権利(以下、人格権ないしプライヴァシー権としての氏名・肖像についての権利と区別して「パブリシティ権」という。)を被保全権利として、被申立人らの許諾なしに被申立人らの氏名・肖像を表示した商品につき、物品販売禁止等仮処分を申請し(東京地方裁判所昭和六三年(ヨ)第五八九一号事件)、同年一〇月二七日その旨の仮処分決定を得た。

2  特別事情の存在

本件には、次のとおり、民訴法七五九条にいう特別の事情が存在する。

(一) 被保全権利の金銭的補償の可能性

被申立人らは、現に他の者に対し自己の氏名・肖像につき許諾料を徴してその使用を許しているから、仮に申立人が被申立人らのパブリシティ権を侵害しているとしても、被申立人らの被る損害は結局使用許諾料に相当する金額となり、金銭的補償が可能である。

(二) 申立人が被る損害の異常性

本件仮処分決定により、申立人は商品の販売が不可能となり、その販売価格二三五五万七七七〇円の六〇パーセントに相当する一四一三万四六六二円の損害を被ることになる。

3  保証額の算定

被申立人らの被る使用許諾料相当損害金は、右の販売価格の五パーセントに当たる一一七万七八八八円であるから、保証額は、その約三分の一である四〇万円が相当である。

二  被申立人ら

1  申立人の主張1の事実は認める。

2  同2の(一)、(二)の主張はいずれも争う。

(一)について

本件仮処分決定が取り消されることにより被申立人らに生じる損害は使用許諾料相当額に止まるものではなく、広範かつ高額にわたるものであって損害額の算定自体が不可能である。すなわち、被申立人ら芸能人は、パブリシティ権を維持するため、大衆に対しタレントとしての好印象を抱かせ、他の芸能人からの個別化、独自性を図るよう努力しているものであり、被申立人らの氏名・肖像を付したいわゆるスター・キャラクター商品の製造、販売を第三者に許諾する場合にも、当該第三者との間で、企画立案、製造販売に至るまで、商品の種類、デザイン、品質等につき詳細な取決めをするよう努力している。また、商品の需給バランスをコントロールすることにより、供給過多による商品への飽き、ひいては被申立人ら芸能人としての人気や芸能活動の長期にわたる維持を保つことができる。しかるに、申立人の安直かつ粗雑な商品の販売は、被申立人らの右のような努力を侵害し、商品や被申立人ら自身に対する嫌悪感を抱かせ、芸能人としての名声や社会的評価を毀損するもので、財産権としてのパブリシティ権を侵すものである。

(二)について

申立人の損害は、たかだか一事業年度のある期間における売上高の一部減少にすぎないものであるのに対し、本件仮処分決定が取り消されることにより被申立人らが被るであろう損害は、申立人のそれとは比較にならない程甚大である。

3  同3の主張は争う。

被申立人らの被る損害額が算定不能である以上、保証金額の算定も不可能である。

第三証拠《省略》

理由

一  争いのない事実

申立人の主張1の事実は当事者に争いがない。

二  被保全権利の金銭的補償の可能性

パブリシティ権の帰属主体は、氏名・肖像の有する独立した財産的価値を積極的に活用するため、自己の氏名・肖像につき、第三者に対し、対価を得て情報伝達手段に使用することを許諾する権利を有すると解される。本件のように被申立人ら芸能人の氏名・肖像が多種多様の商品に表示される形態においては、表示される商品の種類、デザイン、品質等が千差万別であり得るため、被申立人らとしては、仮に申立人に対して氏名・肖像の使用を許諾する際にも、これらの点について注意深く詳細な取決めをし、もってその有するパブリシティ権を維持発展させるよう配慮するであろうと認められるところ、これらの点について被申立人らの意に反しその許諾が得られない本件仮処分対象商品の販売を可能にするときは、被申立人らのパブリシティ権自体の価値を害する恐れがないとはいえず、また被申立人らの氏名・肖像を表示した各種商品が供給過剰となって大衆に飽きられ、あるいは嫌悪感を抱かれることにより、ひいてはパブリシティ権の価値までも殷損される恐れがないとはいえず、本件仮処分決定を取り消すことによる被申立人らの損害が使用許諾料相当損害金に止まるとは即断し難い。また、パブリシティ権の商業的価値は、その権利主体の名声や社会的評価の変化に伴って変動すると解されるところ、仮に被申立人らに関する使用許諾料相当損害金額を算出するとすれば、その基準時は本件口頭弁論終結時によるほかないと考えられるが、被申立人らのように名声や社会的評価の浮沈が激しい若年の芸能人の場合にあっては、右時点における合理的な使用許諾料を認定し得るに足りる証拠がなく、使用許諾料相当損害金の算定が著しく困難である。さらに、被申立人らが申立人以外の第三者に氏名・肖像の商品への表示を許諾しようとする場合においては、右第三者が販売しようとする商品と申立人の販売しようとする本件仮処分対象商品とで、種類、デザイン、品質等が異なり得るものであるから、本件仮処分対象商品の販売によって右第三者の商品売上実績にどの程度の影響が及ぼされるかを予測することは著しく困難であって、右第三者に対する使用許諾料すなわち被申立人らの得べかりし利益についての損失額の算定が著しく困難である。右のとおり、本件仮処分決定を取り消した場合の申立人の行為と被申立人らの被る損害との間の因果関係の立証や被申立人らが少なからず被る損害額の算定が著しく困難であるから、結局、被保全権利の金銭的補償の可能性を肯定するのは相当でない。

三  申立人が被る損害の異常性

本件仮処分決定の存続により、申立人にその主張する財産上の損害が相当程度生じていることは認められるが、その損害は被申立人らの権利を保全するためにやむを得ないものとして本件仮処分決定時に斟酌されていると判断され、被申立人らから申立人のために各五〇万円(ただし男闘呼組らのグループについては共同して七〇万円ないし一五〇万円)が保証供託されていることや、本件仮処分決定の取消しにより被申立人らが少なからず被る損害額が算定困難であることをも併せ考えると、申立人が本件仮処分決定の存続によって通常被ることが予想されるものを超えて異常な損害を被るとの事情は認め難い。

四  結論

よって、申立人の申立てはいずれも理由がないからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤公美)

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